(c)2003-2009 yamasaki ko-ji. / ヤマサキコージ 虚しい写真群は自己心像風景の記録。て、ほとんど哀しみ本線日本海的なサイトですわ。

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Jan 17, 2005  Comments
Jan 17, 2005  Comments
Jan 17, 2005  Comments
Jan 17, 2005  Comments(4)
おっ! 電車から見えた空に誘われ、思わず須磨駅で降りてしまった。
その時は何も感じていなかったのだが何本かのフィルムを消化した時、ふと今日が1月17日だったことを思い出した。
あれから10年。ひょっとしたら叔父と叔母が僕を須磨で降ろしたのかも知れない。
僕はそれから数時間かけて鷹取、そして長田まで歩く。
すっかり立ち直った長田商店街のあちこちで、震災に関するイベントが行われていた。
僕はそこで何本か写真を撮ったが、それはあまりにも希薄で何も写っていないに等しいものだった。
何十年も前から毎年いつも元旦にはその靴屋(本家)へ親戚一同が集まり、呑んで喋ってワイワイと時を過ごしていたのを思い出す。
あれから親戚が集まるといったら、三回忌、七回忌、そして同じ年に無くなった祖母やおばさんの、言わば法要ばかりだ。
親戚が集まるというのは僕にとっては鬱陶しいものだったけど、やっぱりこんな集まり方は嫌だ。
でも夫婦同時にあの世へ行けたのは、三途の川も心強かったに違いない。
そういう僕は今年まだ須磨寺へ行ってもいない。気にはなっているのだが。そろそろ枕元に催促が来そうな気がする。

注)電池交換したら日付が初期設定に戻っていた、そして勝手に翌日化。
しかもこれ知らぬ間にDATE機能がONになってることが多い。
これだから電池式カメラは嫌いだって思う訳。
Jan 16, 2005  Comments(15)
よく家の者の写真を撮るのだが、9割以上はその人たちの無意識な状態を撮っていたりする。
本人たちは絶対に納得しない。
でも僕だから撮れる写真は僕にしか撮れないのだ(←意味不明)。
街を撮りながら全然関係ないそんなことがふと頭をよぎった日。
Jan 16, 2005  Comments(2)
年に一度しか集まることのない某謎の集団によるミーティング風景。
写真て目の前に真実を叩きつけられるますな。
一瞬を切り取られることて、普段は継続的に見逃してるシーンをも有無を言わさず永遠保存かい。
そういう意味ではもっと被写体というものを大切に考えてあげないとダメですな。
しかしたった125分の1秒の過ちを永遠保存て。写真というもの、見れば見るほど改められます。
いやそんなことはまぁ二の次として楽しかったです。
相変わらず内容は記憶ないけど。多分みんなやと思うけど。
何はともあれ、ありがとう謎のプロジェクト集団S! 今年も脱力系でヨロシコ。
Jan 16, 2005  Comments(2)
フラフラと梅田を徘徊して無駄に2本撮る。
一人で飲むのも結構好きなのだが、やはり人とヤルのが平和ですな。
今西と何の話をしていたのかさっぱり覚えてはいないが、焼酎瓶の減り方を思い出すと何やら盛り上がっていたのか!?
確か仕事が占める精神的圧迫の割合とインポテンツの関係を延々話していたような気もする。
これまたどうでもいいような深刻なような。ちなみに僕はまだ大丈夫です。
でももうあんな邪魔になるもの要らんけど。
おっと邪魔になるほどマグナムじゃなかった。
拳銃で言うと小口径デリンジャーみたいな、お弁当で言えば片隅に眠る蛸ウィンナー頭みたいな、つくし?
やっぱり今日もどうでもいい。
Jan 16, 2005  Comments
ちょっくら空白の時間ができたのだが帰るにはまだ早く...(←帰れっちゅうねんなぁ)。
どこで降りるかは決めず一番遠い天王寺までの切符を買い、とりあえず環状線に乗ってみた。
Jan 16, 2005  Comments(4)
誰も居ないAM5:00のEST前。
陽がのぼり始めるとあたりは急速に明るくなり、そして人が見え始めた。
モーニングを食べるにもどこもまだ開いていないので、吉野家で朝定食を。
その後どうしたのかはあまり覚えていない。
適当な時間に本町へ向かい、珍しく一日真面目に仕事をしたと思う。
Jan 15, 2005  Comments(8)
写真は料理に似ていると思う。
何を作るか考え、材料を吟味し下準備。火加減などを考えながらじっくりと味を作る。隠し味もあったりして。
そして綺麗に丁寧に皿へ盛り付けをする。食べてもらう。おいしかったと言ってもらえればさらにヨシ。
でも僕が撮っている行為はレシピも何もなく、その時々の思いつきだけなのである。ただそれだけのこと。
もしそこに真実があるのだとすれば、それは紛れも無く自分がそこに立ちシャッターを押したことぐらいだ。
写真、特にスナップ写真などに表現を求めてはいけない。
瞬時に感じた心の焼き付け、それだけで十分だと今は思う。
写真を学ぶよりもその感性と心のバランスを磨くことが先決だ。
本来のスタートはそこにあるべきで、もしそこにあるならば到着する場所は「写真」でなくてもいい。
考え方が逆だった。答えなど出るはずもない。
さて、冷蔵庫にあるもので何か作ろうかな。
Jan 14, 2005  Comments(3)
元旦から4日ぐらいまでのスケジュールは、ここ数年ずっと同じ。
実家A、海神社、ホテルオークラ、ビンゴ大会、縁日、ハーバーランド、カニ道楽、実家B。
そしてメンバーもずっと同じ。
旅行へ行く訳でもなく、毎年変わり映えのしないお正月。
でもそれを毎年続けられることが一番幸せなのかも知れない。
誰一人として欠けることなく。
Jan 12, 2005  Comments(4)




壁に向かって座り込み、
いつまでも誰かを待ち続けていた子供。
元旦だったと思う。
撮ろうか撮ろまいか迷った。
僕はその背中を行ったり来たりしていた。
Jan 11, 2005  Comments
二日。元町にて。
Jan 11, 2005  Comments(4)
一体何軒くらいあるんだろうか、無数に広がる煌びやかな女郎屋通り
。鈴木その子ばりな白照明を浴びたオネーサンたちが目招きする中、モジモジしながら少し抜けるとそこにはスゴイ「百番」があった。
いや普通の居酒屋百番とは明らかに違うその姿はもはや偉大。
昔の遊郭をそのまま使ってるというココは、迷路のように張り巡らされた個室部屋や待合室もまたすごくレトロな雰囲気なのです。

先月28日はこの場所で、これまた写真好きな方々で忘年会が催されました。
リアル。いやまったくリアル。
名前こそサイト上では良く知るも、実際に会うのはほとんどが初めての方々ばかりでかなり緊張。...いやしてたのは前日迄でした。
さぞかし写真話で埋め尽くされるのだろうと誰もが予想していたはず...
んがそれとは裏腹に遊郭と全国風俗紀行ネタで盛り上がる。
ははは、皆ホントに良い人たちばかりで、うーん、やっぱりリアルな人間同士って色んな刺激があっていい。
さぁ写真について盛り上がってきたところでタイムオーバー。
あっという間の3時間半、誘って下さった皆さん、とても楽しかったです。どうもありがとうございました!
Jan 11, 2005  Comments(2)
Jan 11, 2005  Comments(4)
Dec 31, 2004  Comments(2)
大晦日の朝、今年初めての雪が降りました。
僕らは外へ出て、暫くの間その静かに降り積もる雪を眺めながら、「これ積もったら買い出しに行けへんよなぁ...」などと話していたと思います。
1時間ぐらいすると雪は霙に、そして雨に変わり、僕らはまたそれぞれのいつもの時間へと戻っていきました。
Dec 26, 2004  Comments(16)
たまに全く記憶のないこういった1コマが出現する。
自分が何を思い、どこでどう撮ったのかすら全く覚えていない1コマ。
その一瞬の時間に、ひょっとしたら自分がどこか違う世界へ行っていたのではないか?と思うと何だかおもしろくなる。
意図的ではない逃避行(トリップ)が無意識に行われていたとしたら? それはまさに魂の描写に違いない。

あるとき僕は125分の1秒間、未知の宇宙へと吸い上げられ、どこかへ落とされる。
何秒か何分か、ひょっとしたら何時間かの空白の中でまぎれも無くシャッターを切り、そしてまた現実の時間へと戻されてるのかも知れない。
地球時間と宇宙時間。
いや実は単に痴呆化しつつあるだけかも知れない。うーん、哀しい。

やはり僕はこの現実を予告も無く勝手に裏切ってくれるフィルムが好きなんだろう。
自分が何を求めているのかは今の自分には未だよくわからないのだが、表現云々よりもそんな体験が面白いからスナップをやめられないのかも知れない。
無駄に撮り続けていることにも何か意味があるような気もする。

追記:
年末も仕事の忙しいdiveshore.netのホサカさんに、無理やり頼んでmixiの中藤毅彦コミュニティを立ち上げてもらった。その中での記事もまた興味深いものがある。
» 神田 文房堂(画材屋)サイトより
http://www.google.co.jp/search?q=cache:raKKDstAkIoJ:www.bumpodo.co.jp/bm06/06_eye_v12.html+%E4%B8%AD%E8%97%A4%E6%AF%85%E5%BD%A6&hl=ja
Dec 25, 2004  Comments(14)
Dec 24, 2004  Comments(10)
X'mas time. この後、ワイン飲み過ぎて今死んでます...。
Dec 18, 2004  Comments(4)
写真というもの、撮ることよりも選ぶことの方が難しいような気がする。
そして選ぶ対象が全く存在しなかった時、そこで撮ることの難しさをまた感じる。
Dec 14, 2004  Comments
ある夜の僕、コンクリートに固められた暗くて狭い窓のない一室に軟禁されていた。
そこには赤い光と冷たいベッド、そして無意味なテーブルがあるだけだった。
その引き出しには聖書もなく、デジペロのビデオプログラムシートが1枚。
見てもいいんだろうか。でも朝フロントで払う1,000円が虚しいと即感。
小さな音で暫くつけていたテレビを消すと、真っ赤な部屋の片隅の壁に埋め込まれた1m四方のブルー板が目に入る。
そこには隠された窓があった。
鍵をまわし、固い黒ボタンを押しながら開けてはみたが、そこに立ちはだかるものはまた大きく高いコンクリートの壁だった。
四角い窓から上半身を乗り出して上を見上げた。
遠く天まで続く暗闇。
斜め45度の場所には、体を最大限に使えば何とか届きそうな逃げ場がある。
だがそこもネットに覆われていた。
朝の陽が照らす頃、その呪縛は自然に解ける。
そう信じながら電気を消し、その窓を閉め、また暗闇の中、僕は眠りにつく。

朝になっても翌日を感じない部屋。
それは無意識に僕の心と同じだ。
Dec 14, 2004  Comments
水のように流れ行く自分。早く逃げなければこのまま溶解されてしまう。
しかし恐らくどこへ逃げても同じだろう。このままの状態ではどの場所にいてもそう変わりはしない。
水面に揺らぐ自分の姿も、堅い壁に写る自分の影もまた同じように見えるのだ。
一度自分を解体し、蘇生されなければダメだ。この細胞一つ一つが記憶している全てのつまらぬものを消し去らねばならないのだろうか。
来年こそは。来年こそは!らいね...
Dec 06, 2004  Comments(8)
暗闇に散らばる光たちをこの小さな手のひらで集めた。
Dec 06, 2004  Comments(1)
地下鉄淀屋橋駅。
疲れ果てた人たちの溜まり場と化す。僕もまた皆と同じ、その一人であった。
Dec 06, 2004  Comments
子供の頃、僕の家では必ずチキン料理でクリスマスを祝っていたような気がする。
自分では覚えてないのだが、その当時の写真が実家のアルバムに残っている。
とても幸せそうな家族写真が残ってる。
キラキラの三角帽を被り、母が編んだ暖かそうなセーターを着ている僕がそこにいて、それは幼稚園ぐらいだろうか、よくわからないが全てが幸せそうに写っている。
父も母も笑っていて、赤く色褪せたカラーがとても温かく感じる。
色褪せないデジタルよりも、僕は時代を感じさせながら色褪せてゆく写真が好きだ。
そしてまた自分もそんな写真を残しておきたいと思う。
Dec 06, 2004  Comments
JR構内の居酒屋で軽くメシを食って出たら目の前にJTBがあるのに気付いた。
何年通っとるねん!と一人突っ込みしながら記念写真などを1枚。
あの前にあるパンフレットを意味なく手に取り、行けもしないところをあれこれ見るのも好きだったりする。
山陰のカニかー! とか、おフランスざますかー! とか無限。
結局国内であろうが海外であろうがどこでもいい。
というのは全く現実化しないから。
Dec 06, 2004  Comments
目の前を通る人を暫く眺め続けていたのだが、不思議なのはこのすごい量の人々が皆違う人だということだ。
いや一緒だったら怖いけど。よくもまぁこんなに違うモノが生まれてるなぁと思ったりしていた。
僕もまたその一人なんだが。
その中で人と人がどこかで繋がり合い、タイミングが合えば友達になったり恋人になったり、一緒に生活していたりする。
よく考えてみたら二人が出会う確立ってすごいことだ。
割と最近は対人恐怖症気味で、特に初対面系の人と会うことが億劫で避けていた傾向にある。
面倒くさいっぽい逃げ方も大きかった。
でもやっぱり出会いは大切にしよう。イロイロあるけどやっぱ人は楽しいだろ。
Dec 06, 2004  Comments(2)
公衆電話の撮り方、その67。
いつか公衆電話が無くなるまでにその素晴らしい1枚を残したいと思っているのだが、何回撮ってもダメ。
憧れているのはPROVOKE時代の中平卓馬が撮った雨の公衆電話。
美しくそして寂しげなあのモノクロに焼き付けられた1枚がずっと頭から離れない。
そういえば今の公衆電話たちも何となく寂しげな表情で人を待ち続けてるね。たまには使ってやろう。
Dec 05, 2004  Comments
夜の街が好きだ。
街の一日が終わり、夜が疲れて眠りかけた頃がいい。
溢れていた元気な人々がいつの間にか街から消え、少しほっとしている夜街を見つめる。
新御堂を流す深夜割増のタクシーが増えてくる。そして街は眠り、夜もまた眠りにつく。
信号を待つ間、流れるように向かってくる光たちをぼんやりと眺めていた。
そしてもう暫くすると、今日を振り返りながらいつしか僕も眠りにつくだろう。
おっとその前にローソンへ寄らねばならない。
最近は寂しさや考え事を楽しんでいるような気もする。
だから大丈夫なんだろう。

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